伊東静雄【詩集 春のいそぎ】入荷しました。

詩集　春のいそぎ

伊東静雄　須田国太郎装丁

昭和18年（初版・2000部限定）発行

弘文堂

昼寝からゆり起こされて客を見にいったら

年少の友人が独り座っていた

みやげだと言って貝殻や海の石をとり出して

かれの語るのをきくと

或る島から昨日帰って来たのであった

「自炊と海水浴で

勉強は何にもできませんでした」

勉強というのは　ー　かれは受験生であった

「また勉強していると

裏山で蝉がじつにひどく鳴き立てて

ー蝉は夜明から　夜ふけにも鳴くのですねー

時にはあまりの事に木刀をひっ提げて

窓からとび出して行った程でした」

この剣道二段の受験生は

また詩人志望者でもあったので

わたしはすこし揶揄ひたくなった

「蝉の声がやかましいようでは

所詮日本の詩人にはなれまいよ」

とうふと何うとったのか

かれはみるみる赤い恥しげな表情になって

「でも　ー　それがとても耐らないものなのです」

とひとりごとのように言った

そのいい方には一種の感じがあった

わたしは不思議なほど素直に

ー　それは　とても耐らないものだったろう

しんからそう思えてきた

そして　訳のわからぬうらやましい心持で

この若い友の顔をながめた

「羨望」より

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